カイケンコーポレーション

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【Featuring SAiN63】ずっと使い続けてきたもの 〜古いまな板が蘇った日〜

2019.12.28

    まな板05

     

    新しいものが欲しいなぁ…って思うことがあります。特に、新年を迎えるとなると、新しい服・新しい靴・新しい車だって欲しいなぁと思います。やっぱり新しいものって、綺麗で性能もいいですから。だから、いつの時代も人は新しいものに注目するのでしょう。

    2019年は、様々な会社から新しいスマホも発売されました。今、手元にあるスマホだって十分に使えるけれども、やっぱり新しいスマホがいいなぁ…と思う人も多く、予約が殺到した機種もありました。

     

    では、反対に古いものは、注目されないのでしょうか。

     

    私は、京都市周辺に住んでいますが、二条城・清水寺・平等院など、古いものを一目みようと、海外からもたくさんの人が来られているのを日々目の当たりにします。電車に乗っても日本語はほぼ聞こえず、英語・中国語らしきものの方がよく聞こえてくるほどです。

    つまり、古いものにも多くの人を魅了する何かがあるということです。そこで、今日は「古いまな板」の魅力に迫ってみます。

    「まな板」って、毎日の生活で、絶対に欠かすことができない調理器具です。フライパンだって大切な調理器具ですが、煮物を作るのであれば、フライパンは必要ありません。

    けれども、どういうわけか、「まな板」はキッチンの脇役の様な存在になってしまいがちです。

    最近では、白い樹脂でできたものや、かなり薄く安いまな板もたくさん売られています。古くなってくると、衛生面も考えて新しいものを買おうという雰囲気が強くなってきているように思います。

    ところが、我が家では、「やっぱり木のまな板の方が切り心地がいい」ということで、もう15年ほど木のまな板を使い続けています。

    当然、これだけ長い期間使っていると、まな板は黒ずんできます。

    そうなると、カンナをかけて綺麗にすればいい…と思うのですが、なかなか上手にカンナをかけることができません。結局、綺麗にメンテナンスしたのか、余計に酷い状態にしてしまったのか良く分からない状態になるわけです。それでも、なぜか「木のまな板」を捨てる気にはなれません。

     

    そこで、先日、大工さんにお願いしてまな板を削ってもらいました。

    「電気カンナでサッと削るから、後でヤスリで磨きや。」

    そう言って、まな板の表面がみるみる剥がされていきました。

    まな板01

    黒ずんだまな板の表面から1ミリも離れていない「まな板」の内部は、思ったよりも遥かに綺麗な色をしていました。

    まな板02

    ものの数分でまな板の表面は綺麗になり、あとは、家に帰ってからヤスリで表面を磨くだけです。

    夜は、まな板のヤスリ掛け。次男にひたすらヤスリを掛けてもらいました。

     

    まな板03

    「なかなかツルってならないやんか。」

    「力が足りないからじゃないか? ちょっと貸してみ。」

    「大人やから力が強いに決まっているやんか。」

     

    そんなことを言いながら、まな板を磨いていきます。こんなことをわざわざしなくても、新しい綺麗なまな板は、スーパーに行けば簡単に手に入ります。それでも、新しいまな板を買う気になれないのはなぜでしょうか。

     

    もしかしたら、木のまな板は、使っている人にあわせて、いい感じに変化してくれているのかもしれません。

    実は新しい木のまな板がもう一つあるのですが、全くしっくりとこないですから、滅多に使うことがないのです。

     

    新しい靴はピカピカで格好いいけれども、最初は歩きにくいのと同じように、新しいまな板よりもずっと使い続けてきたまな板の方がしっくりくる気がしてならないのです。

    そんな事を考えてみると、古いからこそしっくりと馴染むというものは、身の周りにたくさんある様な気がします。

    目新しいものは、自然とどんどん目に入ってきますから、時には古いものの良さを探してみると日常の風景が変わって見えると思います。

     

    先日、町内会の行事に近所の方と一緒にたこ焼き店を出店しました。

    今年で5回目(5年目)の出店です。初出店の時には、生地が鉄板に張り付き何度もあたふたとしたものですが、ようやく、鉄板も私たちに馴染んできてくれた様に感じます。

    来年・再来年とさらに年月が経てば、さらに鉄板と一体感を感じられると思います。

    たこ焼01

     

    きっと空気がうまい家の床も、それぞれの家族のくらしにあわせて、年数とともにしっくりくる形になっていくからこそ、言葉にはできない居心地の良さがあるのではないかなぁと思います。

     

     

    京都府宇治市

    渋谷浩一郎